「この中で、川の水を飲んだ者はいるか」



 その場にいた全員が、怪訝な顔をしながらも首を横に振った。

それを見て、エルマは「よし」と頷く。



「なら、これからこの屋敷で出される水には一切手を付けるな。喉が渇いたら、多少面倒でも村の井戸まで行ってくること」



「なぜだ」短く訊いたのはラシェルだ。

「毒でも盛ってあるのか?」



 そんなわけはない、といった調子で言ったラシェルの言葉に、しかしエルマはあっさり頷いた。



「そうだ。毒が入っているかもしれない」


「ばかな! クランドル侯がそのようなことなどするわけ……」


「誰もギド殿が毒を盛るなんて言ってない」



 エルマに「まあ聞け」と言われ、ラシェルは黙り込んだ。



「幼い頃に聞いた話だが、昔ヴェルフェリア大陸のずっと西の国のある村で疫病が流行ったことがあった。

村人の半分もを殺したその病は、後の調べで犯人がいたことがわかった。――隣村の長が、その村の井戸に毒を入れたんだ」



「だれかが井戸に毒を入れたと、そう言いたいのか」



 そう訊いたラシェルに、「いいや、井戸じゃない」と答えたのはラグだ。



「川――と、さっきそう言ったよね、エルマ」



「ああ、言った」



 エルマは頷く。



「まだ推論でしかないが、おそらく川の水に毒が溶けている」