すると、扉の向こうからラシェルのものとは別の声が聞こえた。



「ですが殿下、このままではいずれ城内の勢力の均衡は崩れます」



 気難しげな低い声はイロのものだ。



「だからって、リヒターを王都から追い出すなど……」



 なんだか、聞いてはいけない話のようだ。

メオラは「早く行こう」と、エルマの服の裾を引っ張ったが、しかしエルマは動かなかった。

厳しい顔をして、じっと扉を睨みつけている。



「追い出すのではありません。なにか理由をつけてリヒター王子をいったん地方へ出し、王城から離したほうがいいと申し上げているのです。

これ以上王妃が王子を担ぎ上げられないように」



「しかし、」



「殿下、あなたの安全のために言っているのです。リヒター王子も、あなたのためならば了承しましょう」



 ラシェルは黙り込んだ。

フクロウかなにかが王城の庭木に止まったのだろうか、どこからかホウと鳥の鳴く声が聞こえる。



 ややあって、ラシェルが言った。



「できない」


「しかし殿下、」


「なんと言われようと、おれの保身のために罪もないリヒターにそんな仕打ちはできない」


「殿下、よくお考えください!」



 なおも言いつのるイロに、ラシェルがどこか疲れたような声音で言う。



「考えた。これがその答えだ。……もうこの話は終わりだ、イロ」



 その言葉が終わると同時に、エルマはメオラの腕をつかんで歩き出した。


急いで、しかし足音は立てずに歩き、エルマの自室に続く角を曲がる。


曲がりきったところで、後ろで扉の開く音がした。