*序章 戦場の緑*


 辺り一面に砂煙がもうもうと舞っていた。


一帯は瓦礫と死体の海だ。


焼け落ちた家屋の柱や壁の下には、戦火に呑まれて焼け死んだ、あるいは倒壊した家屋の下敷きになった女や子供。

上には敵兵に敗れた兵士。

その光景が遥か遠くの地平まで続いている。



 そのなかで、一人の男が今まさに息絶えようとしていた。

彼は先ほどまでこの戦場で戦っていた兵士の一人で、数本の矢を背にうけ、敵兵の剣戟を肩にうけて倒れたが、

自分で起き上がることはできず、とどめを刺す者も、治療をする者もいないまま、ゆるりと死へ向かっていた。



 もうなくなったものと思われた男の意識は、ふと赤ん坊の声を聞いた気がして、またこの焼け野原に浮かび上がってきた。


男は目だけを動かして声の主を探した。

両軍が撤退した後に、誰かが捨てていったのだろう。

声の主は男のすぐ近くにいた。



 まだ生まれたばかりの赤ん坊だ。

きれいで清潔そうな白い産着にくるまれて、手を伸ばせば届く距離に、ちょこんと横たわっている。



 男にはその赤ん坊が、たまらなく愛おしく思えた。

見ず知らずの、誰の子かも、自国の民かどうかもわからない赤ん坊だ。

しかし男にとっては、そんなことはどうでもよかった。

この閉塞した時局の、死体の山しかないこんな戦場で、

新しい命を見ることができたのが、男にはどうしようもなく嬉しいことだったのだ。