蛍光灯が点いていない薄暗い廊下を歩く、一人の少年。
吹奏楽部が鳴らす楽器の音が遠くから聞こえ、正面からは少年に向かって掛けられた声が響く。
「なあ、ちょっと立ち止まって俺と話しねぇ?」
少年の進行方向に立っていた男子生徒。髪は茶色に染められ、右耳にはイヤーカフ、手首にブレスレットを身に付けている彼は、しかし制服は真面目に着こなしている。
出来るだけ自然な笑みを浮かべようとしているが、目は笑っていないため違和感が拭えない。そんな表情を少年は見ていない。少年は目を閉じている。
明るい声で語り掛けてくる相手に対し、少年はゆっくりと口を開き、一言紡ぐ。
「こんにちは」
正しい声音のその言葉は、今の状況では場違いなものに聞こえる。


