小学校五年生の二学期――夏休みが終わった数日後から、裕晶への虐めが始まった。最初はクラスの男子数人から。しかし担任教師の介入も相俟ってクラス中に広がり、全員が裕晶の存在を貶めた。その内訳には、かつて裕晶の友人であった者もいた。
裕晶の盾はいとも容易く砕け散り、同時に裕晶は盾をもつことの意義を失った。
知ってしまった。友人関係というものが、硝子よりも、飴細工よりも脆いものだということを。
虐めは自分の手で収束させた。そして、裕晶はその時から『友達』を諦めた。
吹っ切れた。
自分の身を守る手段を得た裕晶は、友達を必要としないことにした。独りでいることにした。
そのために起きる弊害もあるが、その大半を『自分に関わりのないもの』とした。例えば、陰口。不快には思うがいちいち構ってなどいられない。
勿論、学校や社会で本当に独りで生きることは不可能で、最低限の関わりはもつようにしている。また、非情になりきるつもりもなく、場合によっては自ら接触することもある。
周囲はそんな裕晶のことをどう扱えばいいのか、そもそも関心がないのか、わざわざ接触しようとする者はいなかった。


