魚、アクション

「何故、戻ってきた?」

そう言いながら男は
魚を網ですくいあげ、
そしてまた、元の場所へと
魚を戻してやった。

「ああ、旅は終わりだ。
十分、楽しんだよ。」

魚は声の代わりに気泡を出した。
男はブクブクと吹き出される
気泡をしばし眺め、
そしてーーー

「お前、よく帰ってきたな。」

ただ、
それだけ言った。

男に魚の言葉は届かない。
いくら魚が話しかけても
男は魚が出す気泡を
いつも見つめるだけだった。

魚はそれがもどかしくもあった。

けれど、
今、初めて魚には見えた。

日頃、ほとんど表情を
変える事のない男の
何とも言えぬ穏やかな顔を。

気泡を見つめるその眼差しの
柔らかさに
魚は漸く気づいた。

ガラスに囲われた狭い水槽の中で
その事を知ったのだった。








魚は心から喜んだ。
魚はとても
幸せな気持ちになった。