約束の時間はあっという間に来た。これは杏梨にとって願ってもないことだった。

「久しぶりー!」
「腹減ったよ~!」
「肉肉~!肉食べよ。」
「愚痴もたっぷりあるから。」
「うん、知ってた。」

 この空気感がやっぱり好きだと杏梨は思う。職場でももっとおいしくご飯を食べることができたらいいのに、とも思ってしまうところが毒されているとも思う。
 よく利用するしゃぶしゃぶ店に着くと、さて、どこから話そうかと考えていた思考とは全く別に、口からするりと言葉が出てきた。

「ついに私もセクハラを受けた。」
「まじか。先週の私と同じだ。」
「内容が違う~…あと、わけもわからずへこむ~…。」
「おうおう。わかった。でもとりあえず頼もう。
「うん。わかった…。」

 ひとまず注文を終え、用意を待つ。ドリンク(ノンアルコールだ)が運ばれ、それを一口飲むと、堰を切ったかのように言葉が溢れて止まらなくなった。止まらないままに、杏梨は昨日の出来事を全て話した。全てを聞き終わった友人は、やや引いた表情で口を開く。

「…なにそれ。思ってたより酷くて完全に引いてる。」
「だよね…私、頭おかしくないよね…?」
「私だったら1曲目で帰ってるから。最後までにこにこしておいてあげたんでしょ?」
「うん。全然笑える気分じゃなかったけどにこにこしておいてあげた。」
「それだけでも偉い。よく頑張った。」

(…だめだ、泣きそうだ。いつからこんなに乙女になった自分。)

「…だよねぇ…。自信喪失しかけてたけど、間違ってないよね…?」
「間違ってない。」
「…月曜、すっごい行きたくない。学校。誰にも会いたくない。」
「んー…どうすっかねぇ~…。」

 子どもじみたわがままを言ってもいいのならば本当に行きたくない。明後日、職場の人に優しくできる自分を想像できない。楽しくないのに笑いたくない。
(だって私は怒ってるんだから!)