「へ…?」

 きっと今、自分は見せたことのないような間抜けな顔をしているだろうと杏梨は思った。幻聴じゃないだろうか。

「好きだよ。藤峰さんのこと。最初は同期として。でも今は、もうそれだけじゃない気がする。だって寂しいって思うんだもん。職場を離れることよりもずっと、藤峰さんに会えなくなることが。」

 そんなの、杏梨だって同じだ。寂しくて寂しくてたまらない。次の職場には、雅人がいない。何でも愚痴が言えて、疲れを共有できて、楽しい話も苦しい話も、二人きりの職員室で、もうできない。

「…寂しい。」
「え…?」
「…私も、寂しい、です。私が、…っ3年間、ちゃんとやってこれたのは…周りの先生方の支えもあるけど、でも…一番に、山岸先生が…いてくれた、から…です。」

 辛い時に頑張れた理由、職場でたくさん笑えるようになった理由、彼女ができたかもしれないと勘違いして苦しくなった理由。全ての理由が雅人に繋がっている。

「もう、好きって言っても…いいですか?」
「ちょっ、ちょっと待って。もうってどういうこと?もっと前から好きだったの、俺のこと?」
「…いやっ、よ、よくわかんないですけど、でも…きっとそうなのかなって。」
「…まぁ、俺も人のこと言えないけどね。我慢してるっていう自覚あったし。」
「我慢?」
「藤峰さんが言ってたんだからね。初任の期間に恋愛なんて有り得ないって。」
「っ…それは言いましたけど!」
「だから、今日まで我慢してた。今日で終わりだから、初任の3年間。」

 ふっと腕が緩んだかと思えば、後頭部に優しく雅人の手が回る。唇と唇の距離がなくなって、甘い余韻が耳と唇に優しく残る。

「俺、子ども欲しいので、結婚を前提に、でお願いします。」
「…私で大丈夫ですかね?」
「それは本当に大丈夫。ノープロブレム。それより、俺のうっかり具合に藤峰さんが愛想を尽かさないかどうかだけが心配。」
「それは本当に大丈夫ですね。山岸先生のうっかり事件なんてこの3年で聞き慣れました。」
「それは頼もしい。じゃ、今度は同期じゃなくて、コイビトとしてよろしくね、杏梨さん。」
「…っ、名前呼びに突然切りかえるなんて、本当に山岸先生は天然でそういうことやるからタチが悪い!」


*fin*