「え、ここ、山岸先生の最寄りじゃないですよね?」
「こんな夜に、可愛げの塊である藤峰さんを一人で帰せないでしょ。」
「3年間、なんか可愛げの藤峰っていっぱい言われたような気がします。思ってないくせにー!」
「思ってるって!」
「まぁ思われるようなことは何もしてないんですけどね、私。可愛げというよりはむしろ鬼のように叱ってましたから。」
「そんなこともないと思うけど。」
「…でも…。」

 じわりじわりと、下瞼の上に涙がたまっていくのがわかる。瞬きをすれば、確実に流れ落ちてしまうだろう。

「…最初の学校がここでよかったって、すごく思います。もっといい学校も、もっと嫌な学校もあるのかもしれないけど、私は…今の先生方がこうして集まっているこの学校で、本当に良かった。」

 静かに瞬きをすると、杏梨の両目からゆっくり涙が零れた。その姿をじっと、雅人は見つめていた。

「そうだね、俺もこの学校で良かった。ねぇ、藤峰さん。」
「はい?」
「去年の7月にさ、若手で飲み会やったの覚えてる?」
「…そ、その節は大変お世話になりました。」
「藤峰さんがべろべろになっちゃってさ。」
「次の日、鍵まで届けにきてもらって…申し訳ない限りです。」
「…ねぇ、それ以外のこと、何も覚えていないの?」
「え?」

 若手飲みのことならばよく覚えている。生まれて初めてあんなに酔っ払って、雅人に家まで送ってもらっている。目が覚めるとベッドの上にいて、鍵まで閉まっている始末。ただ、その鍵がいつものところになくて、焦ってスマートフォンを見ると雅人から連絡があり、鍵は自分が持っているからと届けに来てもらったのだった。鍵を届けてもらったときも申し訳なさで胃がちぎれそうだったが、思い返してみても酷過ぎて、もう一度頭を下げるべきな気がしてきた。もしかして、それ以外にも何かやらかしてしまっていたのだろうか。

「…私、もっと酷いこと、やっちゃってました?」
「…ううん。藤峰さんは何もしてないよ。むしろやらかしたのは俺。」
「え!?」

 ますます意味がわからない。