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 ここで本音を語るとするならば、やっぱり自分は恋愛に不適応であると言わざるを得ない。恋愛というものは常に自分にとって遠いものだった。人を好きになったことはあるけれど、少女漫画の主人公のように、それ自体を主として生きていた時間など、杏梨の人生を振り返って考えてみても一度もない。どう考えたって恋愛が生きる主となることはないと考えると、恋愛に積極的な方とは言えないような気がする。

(でもこれって、かなり偏った考え方かも。別に恋愛が主じゃなくたって、恋愛できてる人はいるわけだし。)

 とするならば、結局杏梨が不器用であるということが恋愛に向き会うことができない直接的な理由になるかもしれない。それともう一つ。

(…面倒臭いのよね、他人は。)

 杏梨は確かに、歳の割にはしっかり者に見える。それは、杏梨の表の顔だから、つまりは、職場や社会の中においての杏梨はオンモードであるからだと言える。しかしその実、杏梨は極度の面倒臭がりであり、今は仕事と趣味以外には頓着しない。はっきり言って、どうでもいいのである。恋愛も、今の杏梨にとってはとてもどうでもいいものにカウントされてしまう。

「藤峰さん。」
「っ…び、びっくりしたぁ!どうしたんですか、山岸先生。」
「校庭の草むしり、体育部でお願いしたいって言われちゃったから、もし良ければお願いしたいなって。」
「わかりました!すぐ行きます。」
「ありがとう、助かる!」

 こっちがこんなに悶々と色々なことを考えているなんて、想像もしていないような軽い笑みを浮かべて(といっても通常運転)雅人は杏梨の隣に並ぶ。

「虫よけやった?」
「え?」
「藤峰さん、よく刺されるって言ってたから。とかいう俺もだけど。」
「あ、じゃあスプレー持っていきます。」
「…ありがとう。」

 夏休みまで残り10日と迫った、蒸し暑い今日。今日も特に、雅人を嫌いになる理由が見つからない。それに…

(…だめだ、意識しちゃう。バカみたいだってわかってるけど。これじゃ、周りの策略通りの軽率な女だ…!)

 恋愛経験は決して十分だとは言えないけれど、それでも、周りに冷やかされたのを理由に恋に落ちるなんてことが、この藤峰杏梨にあっていいはずがない、と、杏梨は強く心に言い聞かせた。