近くで見て、改めて感じる。
この絵は十夜の絵ではない。
けれど十夜の絵だ。
遠い日の記憶の中にある、懐かしい情景。
あの桜は、まだ生きているだろうか。
少女が転校した後すぐ、母親が東京にいた元同級生の男性と結婚することになり、結局十夜も春を迎える前に田舎を去った。
それから一度も、あの桜を目にしてはいない。
もしかしてこの絵を描いたのは、あの田舎にいた人か?
そう考えた時、絵の下にあるサインが目に入った。
「…嘘だろ」
思わず口を手で覆った。
小さく書かれていたのは、
『十』
という一字。
これは、十夜のサインだ。
十年前、あのひと月だけいた少女に渡した絵に、
『忘れないで。いつかまた会おう』
そう意味をこめ、自分の名前の一字を入れたのが始まりだった。
それからずっと、十夜は自分の絵に『十』のサインを入れるようになったのだ。



