十夜には、絵しかなかった。
勉強もスポーツも並。
見た目も並。
ただ人より少し、絵が上手いということくらいしか、特徴がないと本人は認識している。
その絵を描くことしか能のない男が、右手の自由を失った。
去年の冬、冬期休暇に入る直前、バイク事故に巻き込まれたのだ。
切断は免れたが、感覚はほとんどなく、現在は成果の感じられないリハビリに通う日々。
右手で筆が持てず、左手で絵を描いたが、自分が頭で思い描くようなものがどうしても描けない。
こんな弱いタッチで表現したいのではない。
こんな色を作りたいのではない。
そうやって現状に絶望し、何枚の絵を切り裂いたことか。
十夜はもう疲れていた。
片方の腕が無事だったのだから、まだ絵は描けるだろう。
親にそう慰められることが、苦痛で仕方なかった。
もう絵のことは考えたくない。
それが十夜の本音であり、退学届けはその表れだった。



