大学を辞めることを、十夜は誰にも話していなかった。
一人で考えて、悩んで決めたことだ。
あれほど必死に勉強して入った美大だが、いまの十夜にとっては重荷と苦痛にしかならない。
それを目の前の友人に言ったら、彼はどんな顔をするだろうか。
悪いことをしているつもりはない。
なのになぜか、罪悪感がこみ上げてくる。
黒縁のメガネをかけ直すフリをして、十夜は久米から視線をそらした。
「ああ。もうだいぶいいよ」
「そっかぁ、良かったな! で、どこ行こうとしてたの?」
「いや、別に…」
「あ! あのな、次の講義、すげー人が来るんだよ!」
久米は大きく腕を広げ、目を輝かせる。
この男は出会った頃からリアクションが大きい。
「なんとあの、飛田宗一郎!」
「…飛田? 油彩科に? あの人彫刻家じゃなかったっけ?」
ヨーロッパで活躍する、新進気鋭の若き彫刻家。
この大学の卒業生ということもあり、彼の名前は知っていた。



