朝が来て、わたしはまだ続く真っ暗な吹雪の中に出た。

低い唸り声を上げる風の音。

ふうと一つ息を吐いて、胸元まで上げた両手をそっと広げ器を作り、雨乞いのように天へと伸ばす。

凍える風と冷たい雪が手の平の上を滑る。それを一瞥しながら、僅かに積もった雪を大事にぎゅっと掴んだ。

包む手を口元に寄せてふっと息を吹きかければ、風はピタリと止まった。時が凍ったように雪も宙に浮いたまま。

空を切るように振袖を振る。

天空の雲が裂け、消えていく。
吹雪はおさまり、澄んだ青空が顔を出す。

強制的に作った束の間の青空は長持ちはしないから、また曇り出す前にあの子を帰さなきゃ。

「わーいわーい!お天道さんじゃ!」

「ゆきんこすげえだ!」

「かまくらさつくるだ!」

間髪入れずに小鬼達が小屋から出てきた。

走り去ろうとする小鬼達の行く先を雪を操り作った巨大な壁で塞ぐ。

「こら。あなた達はアレを人里まで送るんでしょう?」

「「「…あーい…」」」

全く、油断の隙もないんだから…


「すごい。本当に雪が止んでる…!」

振り向くと、小屋から恐る恐る顔を出すハルキの姿。

着ていた服をみて、安堵する。

よかった。

つぎはぎが見えない程度には直せたみたいね。

「小鬼達が案内してくれるわ、早くお行き」

「えっ!?あの、雪女さんは?雪女さんも一緒に…」

「好き好んで人里なんかに近付くものですか。ここでさよならさせてもらうわ」

だから、そんな名残惜しそうな目で見ないで欲しい。
この子、ほんとによく分からないわ…

「それと、この山の事を口外すれば殺すわ。私があなたの心の臓を凍らせる。…次は絶対に助けないから、もう迷い込まないのよ。さようなら」

小鬼達が人間の形に変形して、ハルキを引っ張る。

「行くならさっさと行くだよ」

「…あっ、あの!」

…?

「いろいろっ、お世話になりました!助けてくれて、…だっ、抱きしめてくれたり、とか…!ごはん、美味しかったです!」

ごはん、ねぇ…

冷たかったはずだけど。

「絶対に!忘れませんから!ありがとうございました!」



「…さっさとお行き」

素直なお礼なんて、もらいたくない。

特に人間からなんて、今更皮肉以外の何でもないもの。

人間だったあの頃を思い出す。

あの子の声に、あの人の声が重なった。



『ーーーー君の手は、人を救う優しい手じゃないか。私は君に救われたんだ』


『ーーーー今度は、私が君を助けよう』



「ーー…嘘つき」

優しい言葉はとても軽薄で、簡単に忘れられる。最初から助けない非情さより、気まぐれな優しさの方が憎しみを生む。

それは裏切る言葉だ。元から期待はしない。

してはいけないのよ。

そのはずなのに…


ハルキが帰って行った道を見返す。

「…嫌いなのよ。人間なんか」

一面の銀世界に幼子の姿は既に無く、残された足跡は再び降り始めた雪が積もって消えていた。



まるで最初から何もなかったかような、穢れない白だけが残る、いつもと同じ景色。