結局、四人は散々泣いて、小鬼達は泣きつかれて寝てしまった。

はあ…疲れた…。

「ひっく…お、おれ…ハルキっていいます。8歳…」

囲炉裏の前で脚を抱えながら、男の子は求めてもいないのに急に自己紹介を始めた。

ていうか、8歳。
体格もわたしが知ってる8つ頃の子供より随分大きかったから、少し意外だわ。

今彼が着ているのは、わたしの着物の羽織。
着方を知らないと言っていたから、しょうがなくわたしが着せてあげた。
わたしを怖がってるふしは無いし、帯を巻いてあげる途中なぜか真っ赤な顔をしてそっぽを向くし、相当変な子ね。

白一色で刺繍も模様もない、死装束に近い着物は子供の体にはブカブカだけれど、裸でいるよりはマシでしょう。

小鬼達が千切った服を修繕しながら、わたしは淡々と返す。

「変な名前」

「え、変…?」

「変よ。聞き馴染めない名だわ」

「カルチャーショックだぁ…」

かる…?は分からないから聞かないでおきましょう。
でも五衛門とかの方が格好いいと思うけど。
でもわたしが死んでから数えるのも止めた程の冬を越して、きっと人の世も変わったのでしょう。
それが今の人間の感覚なのかもしれない。

…わたしにはついていけないわ。

「えっと、お姉さんは名前なんて云うんですか?」

「………は?」

…名前?
この子は名前を聞いてきたの?

「名前です。お姉さんの名前、なんですか?」

今は嫁でもない女の名を当たり前のように訊ねるのが普通なのかしら
なぜかちょっとそわそわしてるし、なんか薄気味悪い子ね…

パチパチと音をたてる囲炉裏の火から少し離れる。

「…雪女、よ」

泣かれても困るし、仕方ないか。
最も、これが名前かと聞かれると少し怪しいけど。

「ゆき、おんな…?って、本の中の?」

ハルキの目が丸く見開かれる。

今まで気付かなかったのかしら?

「…書物に書かれてあるのはわたしではないでしょうけど…大まかにはそうでしょうね」

「ほんとに?」

最近の人間は疑り深いわね…

「本当よ。身も心も魂すらも凍り果てた女の無念、それがわたし。あの日の雪に囚われて、人を憎み呪い続ける愚かな妖よ」

ーーーヒュッ。

男の子の鼻先に鋭利な氷の破片を顕現させ、冷たく睨む
男の子は反射的にビクリと後ろに仰け反る
それを咎めるように氷柱の釘が男の子の顔を掠めた

「アヤカシの山に不躾に足を踏み入れるなんて…

あなたの知ってる物語の雪女は、どうやって人を殺すのかしら?」


青ざめる男の子と、わたしの間に沈黙が流れる

パチンッ。
囲炉裏の火が大きく音を立てる

「ここは妖怪の住まう山。小鬼もわたしもその一部。一つ目も大蛇も土蜘蛛も、なんでもいるわ。…人を呪い、怨み、喰らう類の妖ばかりよ」

-だから本来、あなたのような非力な人の子が、気安く居ていい所じゃない。

そう言うと、ハルキは黙って組んだ膝に顔を埋めて、

「……でも、雪女さんは…」

何かをいいかけて、しばらくしないうちに横に倒れて寝てしまった。

小鬼達が占領している布団にハルキを入れて、今日何度目か分からないため息をついた。