雪は儚く消えていく

あの日のことは、今でもよく覚えてる

珍しく身体の傷も少なくて、アヤカシ山で傷ついていた野狐を治して、気まぐれに唄でも歌っていた昼下がり

『綺麗な…歌だな』

『ーーーっ!?』

あの方から、声を掛けられた

この村の次期村長、菊村様

艷めく濡れ羽色の髪と瞳。品のある涼し気なお顔立ちの、とても優しく、勇ましい方

村中から慕われる、わたしとは正反対の方

『またここに来ても良いだろうか。…君と、話がしたいんだ』


その日から、菊村様は毎日アヤカシ山に居らした

遠くから見ていた菊村様とは少し違って、幼くも大人っぽくも見えるのだから、なんだか不思議。
笑った顔が無邪気で、でも真面目な横顔はやっぱり怖いくらい綺麗で眩しくて。

困った顔、怒った顔、楽しそうな顔、悪戯な顔
コロコロ表情を変えて、軽やかに話を弾ませる菊村様の隣は、とても暖かくて過ごしやすかった。

『君は、色んな花を知っているな。私も見習わねば』

化け物と恐れられるわたしに、赤らめた眩しい笑顔を向けてくださって

『ああ、いや。やっと笑ってくれたから、嬉しくてな』

ぽんぽんと、穢れたわたしの頭を撫でてくださって

『ゆき…幸。幸せ、か。良い名だ。私も君の事をそう呼んでもいいだろうか』

もう父様も呼んでくれなくなったわたしの名前を…大切そうに、慈しむように優しい声で呼んで下さって



『…幸。私は…、…いや。今は、いいか』

はにかむ笑顔は、どこか寂しげで、胸がきゅうっと締め付けられる

時折、凍えたわたしの身体を、傷だらけのわたしをそっと抱き締めてくれた


初めこそ戸惑っていたけれど…菊村様と話していくうちに、そんな時間がとても愛おしくなって…


毎日、菊村様がいらっしゃるのが、待ち遠しくて堪らなかった