しばらくして。
「えーっ、雪、オレに会いに来てくれたんじゃねぇの?」
「違うわよ!誰が人間なん、か…」
ふと、不服そうな子犬みたいなハルキと目が合った。
あんなに小さかったのに、今ではわたしよりもずっと背が高い、ハルキの視線。
体格も逞しくなって、いつの間にか顔立ちも大人になっていってる。
優しげな色素の薄い瞳にわたしが写っている。
「ー?」
ハルキがふわりと微笑むから、わたしは、ついーーー
-雪女に春が来たか。
…。
な、なんでそんなこと今思い出すの!?
「ーっ!嫌いよ!そう、嫌い!!人間なんか大嫌い!!これは絶対に変わらない有り得ないー!!」
「急に罵倒された!?そんな雪も可愛いけど、何、どうしたの落ち着いて!?」
どさくさに紛れて抱きつこうとしないで!!
「ゆきんこ?顔真っ赤じゃ」
「どしたどした?」
「ゆきんこがおかしいだ」
!うそ、顔、赤い!?
咄嗟に頬を手で覆うけれど、そんなことをしてわかる訳でもない。
「雪?…熱でもあんのか?」
ぴとっ。
は…ハルキの額とわたしの額が…
顔が近いっ!!
「あ…あるわけないでしょう!?ほら、紅、蒼、翠!帰るわよ!!」
バッと身体を反らしてハルキから離れる。
なんでか胸も煩いし…!
「あっ-雪!」
「な、なにっ!?」
「…あー、その…」
振り向くと、珍しくハルキは真面目な顔をしていた。
「…菊村って人、知ってる?」
『---死ね。化け物の親め!』
…………ドクン。
「………………きくむら…さま…」
呟いて、背を向けた。
ハルキがなにか言っている。
でも…全然頭に入って来なかった。
なんで…なんで、ハルキがその名前を知ってるの
なんで…なんで……なんでなんでなんで
-菊村。その人間の名を、忘れかけていた心の中を反芻する。
忘れてはいけなかった、あの人の名。
…わたしが居た人里の村長の息子で、
わたしに優しくしてくれた初めての人間で、
わたしの唯一の肉親を、目の前で奪った人間の名だ。