楢司コーポレーションのある最寄駅は会社のグランドや体育館そして倉庫などが並んでいる隣に位置していて、郁香たちが働くオフィスはぐるっとまわった反対側に位置している。

なので、駅から歩いてオフィスまで歩く道のりで会社の知り合いに会うことはとても多かった。


「あら、直登さんどうしてメガネなんかかけてるんですか?」


「こうすると誰かに似てないかい?」


「ん?あっ、ああっ!彰登さんに似てる!?
さすが兄弟ですね・・・でもどうして彰登さんのフリなんて?」


「いや、いろいろとマズイことが多くて。
車で僕専用の駐車場につけてもらうのも、話すと長くなるけどワケありでね。」


「今日は私のせいで、彰登さんのフリを?」


「うん・・・あ、本人には許可もとってあるから彰登に出くわすことはないから安心して。」


「許可って・・・どういう申し合わせしてたんですか・・・。びっくりです。」



「もう入口だ・・・僕は奥のエレベーターから社長室へ向かうけど、帰りは何時頃になる?」


「わかりません、仕事の流れで残業ありな部署だし・・・。
あ、帰りはラッシュじゃないと思うので大丈夫ですよ。」


「だめだ!今は夏じゃないし暗くなるから危ない。
とにかく、僕たち兄弟の誰かと帰ること。約束だからね!」



「そ、それ約束じゃなくて命令でしょ?
あの・・・私ついこの間まで自由に帰宅してたけど、このとおり何もないんです。
未成年でもありませんし、過保護は・・・」



「過保護かもしれないが、僕らの家に入るところを悪意を持ってる人間に見つけられたら、君はいちばん弱い立場だと言っているんだ。
以前、次男の広登の奥さんがまだ婚約者だった時に、うちにちょくちょく着てたんだが、駅から歩いてやってくるところをストーカーに狙われたときがあったんだ。

犯人も捕まったけど、彼女は怖くて家にめったに来なくなった。
だから広登も・・・。」


「家を出られたんですね。」



「だから、命令だの横暴だといくら言ってくれてもかまわないから、ひとりで行き来はしないでほしい。」



「わかりました。花司家の人ならいいんですね。」


「うん、・・・で誰と帰るからって僕にメールしてくれるとありがたい。
で・・・。」



「まだ何かあるんですかぁ?」


「誰もいない、つかまらなかった場合は、僕の携帯に電話してきて。
僕が送れたら送るし、無理な場合は秘書を行かせるから。」


「いや・・・碓井さんは勘弁してほしいです・・・。嫌味なんだもん。」



「ほんとに嫌われ者なんだなぁーーー!できるヤツなのに。」


「碓井さんと帰るくらいなら、ストーカーの方がかわいいくらいです!」


「そ、そうか。あはははは。あっ・・・ゴホン・・・。じゃそろそろ僕は行くよ。」



「あ、いってらっしゃい!」


「おぉ・・・。(いってらっしゃいか。なんかいいよな、こういうの・・・。)」





郁香がいつものように広報部の部屋へたどり着くと、女子社員の数名が駆け寄ってきた。


「ねぇ!郁香。あんた今朝、入口のところで花司さんに『いってらっしゃい』って見送ったでしょ。
いつからそういう関係なわけ?

そりゃ、花司さんは仕事でやってきてはあんたに話しかけてるのは知ってるけど、朝の感じじゃ相応のお付き合いしてるみたいに見えたわ。」


「えっ・・・お付き合いって・・・。そんなことないわ。彼がいってきますというから、流れでいってらっしゃいって普通受け答えしてしまうと思うけど・・・。」



「だけど、いっしょに出勤なんて・・・ねぇ。昨日もしかして、彼の家にでも泊まったの?
花司彰登の高級マンションに。」


「彰登さんのマンション!!?(そ、そっか・・・みんな直登さんじゃなくて彰登さんだと思ってたんだわ。)」


「あ、あのね・・・わかった。説明する。
説明するから騒がないで、冷静にきいて。」