郁香は改まった様子の直登を見て首をかしげた。


「僕と結婚してくれ。」


「え・・・!はぁ!?なっ・・・あの、いきなりそんな。」


「あっ、ごめんいきなりはいけないな。
事情があって、結婚していっしょに住んでいることにしておいてほしいってことなんだ。」


「いったい、どういうことなんですか?
事情とか情報とか何かあったんですか?」


直登は堂原学院の香西の経歴と彰登のことを郁香に話してきかせた。
そして、もうすでに郁香はターゲットになってしまっていることも。


「じつは君の代わりに優登を臨時秘書にすることも考えたんだけどね、それをしても僕たちの目の届かないところで君にストーカーまがいなことをされても困るし、とにかく君の身の安全第一に考えて、すでに誰かのものになっておいてもらった方が安全だと思ったんだ。

もちろん、香西とかかわる仕事が終わったら関係はなくなるけど、今はとにかくフリーの郁香では危険すぎるんだ。」


「なんかすごく過保護すぎじゃないですか?
仕事で学校へ出向くだけで妊娠とか・・・私は高校生じゃありませんし。」


「それは甘い!こうやって僕が郁香を抱きしめたら、郁香は逃れられるか?
やってみろ。」


直登は言いながらすぐさま郁香を正面から抱きしめ、郁香はそれに抗った。
しかし、力を入れられた状態では振りほどくことはできなかった。


「できないです・・・。あの、誰かに見つかったら困りますからもう離してください。」


「離したくないな。僕は・・・。
前にきいたときと同じく、彰登や優登じゃなくて・・・もちろん他人の男も含めてだけど、僕がいちばん嫌じゃなかったら、現時点での配偶者になることを了承してほしい。」



「私だったらアレルギーが出ないから?」



「それは確かに前提としてあるけれど、僕はまず君を守りたいんだ。
香西はかなりしつこい男で、泣かされた女性は多い。
彰登も香西のせいで、妊娠事件の犯人に仕立て上げられるところだったり・・・。

ごめん、繰り返し同じことを話してるね。
それよりも言わなきゃいけないことがあるのに・・・どうも緊張してしまって。」


「言わなきゃいけないことって?」


「僕がどうして君と同棲することにしたかだよ。
もちろん、成り行き上だったけれど、僕は君と暮らしたかった。
家族とか兄貴とか思ってくれてもくれなくても、とにかくいっしょに暮らすのが目標だったから、離れちゃいけないと思った。

でも今は、欲張りになった。
夜遅くクタクタになって帰宅しても眠れないんだ。
君が気になってね・・・。」


「それってもしかして・・・。」


「恋人として意識してる。
郁香をひとりの女として意識して、好きになってしまった。
愛してるっていうには、自分でも自信が持てていないというか、臆病になってて・・・ごめん。

だけど、狙われるとか取られるなんてことだけは絶対だめだ。嫌なんだ!
たとえ弟といえども・・・ね。

ああっ・・・なんか職場でこんな話をして、あ、暑いなぁ。
こ、これを渡しておくから、はめてみて。」



「指環!!なんて用意周到なんですか。
勝手にこんなことまでして・・・何をやっているんですか。

だけど・・・だけど私は・・・うれしい。
てっきり直にいは家族になってくれようとしたんだと言い聞かせてきたから。
年齢も生き方もかなり違うし、やっぱりお兄さんモドキが限界って思ってた。」



「まるで身分違いとでも言いたそうだね。
僕の方が貧乏人なんだからねっ。

で、どうかな・・・結婚の返事を聞きたい。」



「はい。結婚します。
直登さんの頼みだもの。断れないです。」



「やったぁーーー!!!
じゃ、今夜からイチャイチャしちゃうよ、奥さん。」


「そ、それは・・・。やっぱりだめっ。」



「もう遅いよ。君からのOKの返事はばっちし、いただいたからね。
これで広登にも偉そうに言われることもない。ふふふ。」




直登は上機嫌で郁香はちょっと気まずそうに楢崎邸(現 花司邸)へと到着すると・・・

広登がリビングで真っ青な顔をして震えていた。



「広登・・・どうしたんだ?真っ青じゃないか。
家庭崩壊でもしたのか?」


「直にい!冗談じゃないぞ。
あんな女をうちに送り込んできて何を考えているんだ!」



「うちって・・・。高下美代子がおまえんちへ行ったのか?」



「そうだ。やってくるなり、子どもの認知はしてくれるんでしょう?だと。
もう妻はカンカンだ。
家族全員、僕を汚いものでも見るような目になってしまったんだ!」


「そりゃ、出張へ行って一晩の過ちを犯せばそうなるだろ。」



「だから、僕は一晩話をひたすらきいただけで、過ちなんて何もしていないよ。
けど、乗り込まれたら家族は・・・家族が僕を信じてくれないから・・・悔しいんだ。」