直登と対面した長月はすぐに窓口担当者を郁香にもどしてほしいと嘆願してきた。


「どういう理由で、そんなことを言いに来たんです?
人事異動は社の内部の都合なので、外部のあなたからの指示は受け付けられませんが。」


「理由は、花司彰登が何かと僕の仕事にケチをつけてくること。
あの人はあなたの弟さんかもしれないが、ここの社員じゃないはずだ。

それに、伊佐木さんの居場所をぜんぜん教えてくれない。
彼は伊佐木さんの恋人だから、そりゃ、僕のことは気に入らないのかもしれないが、プライベートではなくてこの会社のどこにいるかを聞いているのにも答えようともしないんだ。」


「で、あなたは伊佐木が見つかったとして何をしたいんですか?」


「意見が聞きたい。パーティーに来てたとき、僕の描いた絵やデザイン画の展示を見て、とてもほめてくれたんです。
マンションの中身も僕の絵の世界がいっぱいのデザインが斬新で女性受けするだろうって。

新しい担当の人にもそう説明してみてもらっているが、仕事に慣れてないし部長に聞きながらやってる感じだから花司彰登が偉そうに出張ってばかりで。

しかも、伊佐木さんの話をしたらものすごい剣幕で怒りだして・・・いっしょに住んでるのかとか彼女に何をしたとか・・・わけわからない。

あの人は伊佐木さんにフラれたんですかね?
そんなのはどうでもいいけど、伊佐木さんが秘書課へ移動したのは部長からききましたけど、僕の方の仕事は関わらないだろうってきいて、もう社長さんにお願いするしかないと思ってやってきました。

お願いです。伊佐木さんに会わせてください。
そして、あいつを黙らせてください。」



「そうでしたか。それはとんだご迷惑をかけてしまいましたね。
不肖の弟の行為も謝ります。ただ、彰登は伊佐木郁香の恋人じゃない。
あのパーティーの正式なパートナーは僕だったからね。

僕が用事で遅れてしまって、君とダンスをしてもらったこともお礼を言わないと。」


「えっ!そ、そうだったんですか・・・。
では、彼は恋人の嫉妬を僕にぶつけてるわけじゃないんですね。
だったら・・・彼女はどこに?」


「僕の隠れ家といったら?」


「えっ・・・!?そんなご冗談を。いくらなんでも伊佐木さんが社長のあなたとなんて。」


「言っておくが、彼女の名前は伊佐木郁香ではない。
楢崎郁香だ。つまり、元社長の孫娘だ。

僕につながりがあってもおかしくはない立場だと思うよ。
まぁ、僕は弟と違って仕事上は君の能力や作品はいいと思ってる。

あと5分ほどしたら郁香が来るだろうから、右の控室で待っていたまえ。」


「は、はいっ!・・・伊佐木さんじゃなくて楢崎さんですね。
ここまで勇気を出してやってきてよかった・・・。」



「ははっ。まぁ、弟が仕事のじゃまをしたのはすまなかった。
注意しておくからこれからは、担当とのびのびと打ち合わせしてくれ。

それと、郁香に何かききたいときは、今日みたいに僕を通してもらっていいから。」


「えっ、社長さんのお手をわずらさせてしまうのでは?」


「それはかまわない。勝手に調べたり、追い回したりは絶対しないと約束してくれればね。
僕の知らないところで、フィアンセが男と話をするなんて苦痛だからね。」


「そうですか・・・フィアンセが僕なんかとしゃべったりしたら、それは心配になりますよね。・・・って。えっ・・・ぇええ、ええっ!」


「他言無用にしておいてくれよ。郁香と住んでいるのは僕なんだ。
仕事とプライベートはきっちり分けているから、心配しなくていいが、それでも男としては気になるだろう?
だから・・・わかってるよね。僕を通して用件を教えてくださいね。」


「そ、それはもちろんです。お約束します。(うそだろ・・・社長と同棲中なんて!)」



しばらくして、郁香が長月のところと姿を現した。


「お久しぶり、長月さん。」


「ご無沙汰しています。伊佐木さんじゃなくて、楢崎さんでしたね。
いや、もうすぐ花司さんと呼ばなきゃならないのかな。」


「ぇえ??あの、どういった御用でここへ来られたんですか?」


「以前お話していた、女性用マンションの内装の絵を持ってきたんです。
都会型と郊外型のをね。
女性の感想がどうしてもききたくてね。」


「わぁ、見せてもらっていいの?
私はもうデザインの窓口じゃないのに・・・。」


「正直いうと、窓口にもどってもらって毎日あなたの感想をききながら、仕事に着手といきたいんですが。
こちらにも、むずかしい事情があるみたいだし・・・。」


「あ・・・すみません。結局、放り出してしまったみたいになって。」


「いえ、あなたの責任追及にきたわけじゃないですから。
これからもっと重い責任をあなたは負ってしまわれるようですし・・・僕のわがままなんて言えませんよ。

とにかく、ちょっと見てもらえますか。これとこれ。」