結局、直登に押し切られてしまった郁香は、花司彰登、優登、清登が住む楢崎邸から400mほどの場所に家を購入した。

それから、直登の提案を受け入れ、広報部から社長秘書へと移動して彰登と優登には郁香が新しい恋人と暮らすことになったと知らせた。


そんなある朝・・・のこと。


「あのさぁ・・・」

直登が出勤前だというのに、何か言いだしにくそうに郁香に話しかけてきた。


「どうしたんですか?どこか具合でも悪い?」


「いや、じつは・・・昨日、邸の方に行ったら、清登と藤子さんにつかまってしまってね。
ここのことや君とのことを2人に打ち明けてしまったんだ。・・・ごめん!!ほんとにごめん!」



「ぷっ!何を大変なことなのかと思ったら・・・2人ならいいですよ。
私も出て行く前にいろいろ相談していたし、言わなくても藤子さんにはすべてお見通しです。
ほんと、まいっちゃいますよね~。

でも・・・直登さんと同棲することになっちゃったのは驚かれちゃった。」


「あ~~かなり説教された・・・僕も。
おかげで、今夜藤子さんがここに夕飯作りに来るって・・・。」



「こ、こんやぁ!?そ、それは急な話で。は・・はは。」


「怒ってる?・・・ここんとこ外食だとか僕が当番の日に手抜きになっちゃったりできちんと用意してあげられなかったから、藤子さんにごちそうを頼んでしまって。」


「あ・・・そんな気を遣わないで。
秘書になって、直登さんがどれだけ忙しいかよくわかってるし・・・無理するなって言っても無理せざるを得ないところはあるじゃないですか。

私になんて手間かけなくていいですから。
それに、私も藤子さんの家庭料理すごく食べたいです!大歓迎よ。」


「そっか。よかったぁ・・・。じゃ、お互い早く仕事をきりあげないとな。
じゃ、そろそろ出かけようか。

でも、秘書になってくれたのに、会社に着いたら会えないって妙な話だなぁ。」


「仕方ないですよ。私はいちばん下っ端ですし、直登さんの補佐は碓井さんじゃなきゃ務まりませんもの。
見習い秘書は毎日が勉強ですから。がんばってきます。」


「よしよし・・・。あ、そういえば昼メシはどうしてる?
社員食堂だと優登と会うだろう?大丈夫か?」


「いるのはわかってるんですけど、そこは中川先輩が私を誘ってくれているから、同じテーブルにはならないし話もしていないんです。」


「中川さんは気配りがよくきく女性だからね。やっぱり、郁香のお守りを頼んで正解だったな。」


「お守りって・・・!もう。だけど、そうですね・・・先輩は上のお子さんが高校生だし、そのわりにファッションとかおばさんくさくないし、仕事にはきびしいけど、愛情があるのがわかる叱り方だから、私も素直にがんばれます。

優登さんのこともいつのまにかうまく白状させられてしまいました。すごいですね。あの人は・・・」


「ほぉ・・・それだけお世話になってるなら、中川さんに特別手当をつけないといけないかな。
これは内緒ダゾ。」


「はい、ぜひ・・・つけてあげてください。」





直登にとって、こういういつ何があった云々などという家族らしい会話から朝が始まるのは、懐かしくて楽しかった。

弟たちがいっしょにいるときは、朝食もみんなバラバラでとることが多く、郁香と出勤するときもお互いに仕事のことを考えていたから、誰がどうの・・・などという双方がわかる話題も出てこなかった。


会社に到着して、郁香が社長室まで来てくれないのがとてもさびしく感じているこの頃だった。


(郁香が広報にいたときは受付ですでに分かれていたのにな・・・。)



直登が社長室で碓井から今日のスケジュールの説明を受けていたとき、大きな声で向かってくる人物がいた。

それは女性用マンションの内装デザインで採用された長月静留だった。


「すいません!社長・・・お話だけでも1度きいてください。お願いします。5分でもいいのできいてください!」


「追い返しますか?」


「いや、彼は仕事についてはとても真面目だ。何かトラブルがあったにちがいない。
通してくれ。ただし、時間制限付きになるけどな・・・15分だ。」


「承知いたしました。15分厳守でと伝えて通します。」