これには、いつも聞き流すだけの小次郎も怒った。初めて朱美に、手を上げた。

“たかが遊女上がりのお婆の娘に、どれ程のことがあろうか。
このわたしに心服せぬからと言って、何ほどのことよ。
いやいや、それも一興。みておれ、いつかはこの小次郎にひれ伏すことになろうというものよ”

そして先日のこと。商家のやんちゃな坊主が、小次郎が愛でていた犬に石ころを投げ付けた。
年端もいかぬ子どものこと、犬に当たるどころか届きもしなかった。

しかしそれを見咎めた小次郎は、泣いて謝るのも聞かず、赤く腫れあがる程に臀部を打ち据えた。
それを見た朱美が、目をつり上げて小次郎を激しく罵った。

「小次郎さま、朱美には解せませぬ。なぜあのような幼子に、厳しいお仕置きをなさるのでしょう。
そのお心が知れませぬ。幼少期のしつけが厳しくとも、小次郎さまは武家のお子。

片やあの子は商家の者。当然にしつけの仕方も違うというもの。
まだお続けになられ……えぇい! ならばいっそ、この朱美を打ち据えなされませ」

涙を浮かべてかばう朱美を見るにつけ、小次郎の怒りは激しさを増した。