ムサシ・ひとり

怪訝な面持ちのムサシを待っていたのは、あれこれと世話を焼いてくれた番頭だった。 
破顔一笑で近寄るムサシに対し、
「ムサシさま。誠に残念ではございますが、御指南役のお話は流れてしまいました」
と、苦渋の表情を見せつつ告げた。

「話が違うではないか。佐々木小次郎を倒せば、今度こそ間違いなく剣術指南の道が…」
呻くようなムサシの声を、番頭が冷たく遮った。

「ムサシさま。あなたのお姿を、この川にお写しごらんください。そして手前と見比べて下さりませ」
「姿形が、どうしたという……」

生まれてこの方、髪結いなどとはまったくに縁のなかったムサシ。
育ての親のごんた同様に、後で縛っただけのこと。

赤ら顔で太い眉に青い目、そして赤っ鼻。どれを取っても番頭とは似つかわぬ顔立ちだ。
「しかし…だからといって…」