「あ……、ありがとう」


しばらくの間の後、やっと口を開いた奈桜にさとみの顔がパッと明るくなった。
でも、これ以上先に何の進展が期待出来るだろう。
さとみは何を求めているのか。
奈桜に言える事はひとつしかない。


「でも……、オレは」


「分かってます!分かってます……」


繰り返された『分かってます』は消えるように小さかった。
華奢な肩は震えている。
奈桜が結婚している事も、子供がいる事も、もちろん分かっている。
愛人にして欲しいなんて思っていない。


「ごめんなさい。いいんです。何も言わないで。……ただ、伝えたかった。それだけです」


声が震え、大きな目には涙の粒がユラユラと揺れている。