以前、マスターに訊ねたことがある。

「マスターはカフェ・オレ淹れるとき疲れたりしないんすか?」

 するとマスターはこういった。

「疲れるってのはだな、それだけ無駄な力が入ってるってこった。無駄さえなけりゃ常に全力を出していても疲れやしないもんさ」

 にやり、意地の悪そうな笑み。

 当然のことながらそれは俺に「まだまだ未熟だなぁ」といっていたわけだけれども、それ以上に──マスターですら“常に全力”を注いでいることに感動すらしたものだった。

 それがどうだ。

 まだまだ未熟者な俺が、こころここにあらずの状態でカフェ・オレを淹れるだなんて……。

 まゆみとのことなんて珈琲に比べれば優先順位を低くしなければならない、なんてことをいうわけじゃぁない。

 そうではなくて、むしろ“どちらも”おろそかにしちゃぁならなかったんだ。

 仕事と恋愛を両立させるなんてのは難関中の難関だけれども、少なくともどちらも真摯(しんし)に、大事にしようとこころがけることはできるはずなんだよ。

 それなのに……。