ガシャガシャと役目を果たし尽くした傘を無造作に折り畳み、鍵を出してエントランスを過ぎる。
エレベーターの方へ歩いていくと、ぼんやりと蛍光テープの色が見えた。
「復旧作業中……。7月8日12時まで使えません……」
どこまでもついていない日だ。
息も絶え絶えに、10階までの階段を上る。
1歩段差に足を掛けるのも辛い。
早くこのパンプスを脱いで、温かいシャワーを浴びて、寝たい。
くっきりと足跡が残るほど濡れたパンプスを睨みつけながら、10の文字が見えるまで我慢して上った。
やけに重く感じるドアを開け、よろよろと家まで歩く。
そこで足を止めた。
黒い影が見える。
目を細めてじっと見ると、人影だと分かった。
……最後の最後は酔っ払いか誰かのお世話か。
もう私にはそんな元気は残っていない。
丁寧に丁寧に話してどこかへ行ってもらうしかなさそう。
家へと近付くにつれ、ぼんやりとしか見えなかった人影が、明らかになっていく。
酔っ払いにしては、背筋がピンとしている。
黒いスーツを着ていて、鞄も何もない。
傘を差していなかったのか、私と同じくらいずぶ濡れだ。
近付くにつれ、だんだんとシルエットがはっきりしてくる。
何で、
何で、
何でそこに?
「千……景、さん?」
ずっと動かなかった人影が、ゆらりと動いた。
髪から滴る雫が、頬に落ちる。
「りこ……?」
ずっとずっと、会いたくて会いたくてたまらなかった人。
こんなタイミングで会うなんて。
やっぱり今日は、最悪な日かもしれない。


