「私の大事な、孫の名前でしょう。
枯れ果てたお婆さんが覚えているのに、あなたが忘れてしまってどうするの」
そう言った女性の上に影を落とすのは、楠木だった。
昔通った小学校にも、この木があったのを思い出す。
「佐知子さん、またいつでも遊びに来て下さいね。
私はいつまでも待っているから」
女性はそう言って、私を見送ってくれた。
彼女の振った手はゆらゆらと私の視界を揺らして、瞼の裏にしっかりと焼き付いた。
彼女が空へ登ったのは、それから間もなくのことだった。
よく晴れた日の朝、彼女は私に一言残して行ったそうだ。
「私はいつまでも待っているから」と。
家畜小屋のような匂いのするオジさんの尻を揉みながら、私は思う。
会いたくなっても、すぐには会いに行ってやるものか……と。
「楠木サチコちゃん、ご指名でーす」
甘ったるい先輩の声が聞こえ、私は「ハーイ」と空元気。
この名前を誰かが呼んでくれているうちは、絶対にあの女性の元へは行かないと、心に決めた。


