「バイトでお金を貯めたら、どうするの?」
帰り際、日傘を持った女性から再び声を掛けられて、私は立ち止まった。
お金が欲しい訳ではなく、単に倫理的に問題のあるバイトがしたかっただけなのだ。
それでも。
どんな悪天候の日でも毎週ここで私を待っていてくれた彼女に、そんなことは言えなかった。
「外国へ、行きたいな、と……」
口から出任せでそう答えると、女性は「素敵!」と言って笑ってくれた。
これで最後になるのだ。
もうこの女性だって、あと数年すれば煙と一緒に空へのぼって行くようなお人だ。
私はソッと目を細めて、彼女を見つめた。
「佐知子って、誰」
ずっと気になっていたことを私が口にすると、女性は「まぁ」と声を漏らして笑った。
「あなたの名前でしょうに。
もう忘れてしまったの?」
そう言われても……。
私は不思議な気分になりつつも、女性の次の言葉を待った。


