「おお、悪いな。約束を果たしてくれてサンキュー。今から、飲みに行こうぜ」


和田先輩が、息をはずませて入ってきた。額には汗が浮き出ている。僕は、先輩に写真を見られないように、さりげなくカウンターの上に置いていた何かのテキストに挟み込んだ。


「先輩、僕はカウンセラーになりますよ」


僕は、まっすぐ先輩の眼を見た。いつもバイト以外にやる気のない僕しか見てこなかった和田先輩は、ただ小さな眼をぱちぱちさせるだけだった。


「なんだ、何かあったのかよ。失恋した女の子をうまく慰められなかったとみた」

「さあね」


先輩は、僕が写真を挟み込んで隠すために手を置いたテキストをひょいと見た。


「児童心理入門……ねえ」


僕もつられてタイトルを見た。それは、今までもっとも興味がなかった児童心理学のテキストだった。


……笑って、笑って、涙を拭いて。


香奈子の歌声が、軽やかに、寂しげに、僕の頭の中で響き続けた。


(了)