一瞬の…ことだった。
目を瞑るのことさえできずに、
ましてや、逃げることさえ…出来ずに、
不意打ちの…キス。
「………早…瀬?」
『え…、何 ?』
「ごめ…、何でもない…!」
思わず口を覆って…
顔を上げる。
早瀬が、
早瀬が、私に…キスした…?
半信半疑だったけど、
目が合った早瀬が…イシシって悪戯っぽく笑ったから。
これは、現実なのだと…自覚する。
動揺する私に気づいているはずなのに…
君は、まるで…お構い無し。
べーっ、と、舌を出して。
「ザマーミロ。」
口パクで…そう告げると。
背を向け、手を…ひらつかせた。
「……………。……透。」
『ん?』
「土曜日に…会おう?」
『……。わかった。時間は?』
「こっちから連絡する。」
『それ、信じていいの?今まで連絡よこさなかったのに?』
「……うん。ちゃんと…するから。私も、話したいことがある。」
『……わかった。じゃあ…、連絡待ってるから。』
「うん。……また。」
『………紗羽。』
「……え?」
『好きだよ。』
「…………。……うん。…ありがとう。」
透の声は…そこで、途切れた。
大きな…罪悪感ばかりが。
胸の中を…占拠している。
それでも、
今、どうにかしたいって思うのは…
小さくなっていく、あの…背中。
透…、
ごめんなさい。
「早瀬っ…!!」
そう叫んだけれど……届かない。
君は、いつもいつも気だるそうに歩くけれど…
そのペースが案外早かったってことを…思い出す。
私と居るときは…、いつも、視線がぶつかって。
それから…
肩もぶつかり合っていた。
それは……
君が、私に合わせてくれたから。
歩幅を合わせて、待っていてくれたからだ……。
「……なんで、先に行くのよーっ!!」
あの頃は…
身長も…追い付けなかった。
駅で待っててくれたのに…間に合わなかった。
いっつも、背中を向けて。
君は…行ってしまうんだ。
私を…置いて。
走り出すことに。
もう、理由など…いらなかった。
「待ってって…、言ってるのに!」
早瀬の、ベンチコート。
その、フードを…
ぐいっと、引っ張る。
「うえっ……。」
首をカクンと倒して。
君は…ようやく、立ち止まる。


