『紗羽、久しぶりだな。』
「………うん。久しぶり…。」
『仕事は終わった?』
「……うん。」
『……良かった。電話…出ないかと思った。』
「…………。」
そう思われても…仕方ない。
私たちは、連絡を取り合おうとはしなかった。
別れを告げた訳でもないのに、
忙しさを理由に…。
『今…、外にいるの?』
「……何で?」
『風の音、聞こえるから。』
「……うん…、そう。こっちはもう…寒いよ。」
この人と住んでいたのは…
温かい、ワンルームの部屋だった。
元々、互いに干渉することなく、
電話やメールさえ滅多にしなかった。
帰れば、いつでもそこに…いたから。
刺激を求める関係じゃなくて、空間を…空気を共有するような、その生ぬるさに…どっぷりと浸かって。
楽だった。
ずっと続くのだと…思っていた。
『連絡もしなくて…ごめん。元気だったか?お袋さんは?』
「うん、元気だよ。…お母さんも。」
『邪魔しちゃ悪いから…待ってた、紗羽から連絡来るまで。初めて携帯の必要性を感じたよ。』
「不携帯だったもんね。」
『お互い様。なあ、そっちには…慣れたか?もう、半年にもなる。』
「うん、慣れた。職場の人達も、みんな優しいし…友達も、いるしね。」
『みっちゃん、だっけ?』
「うん。」
他にも…いるんだよ。
でも、話したこと…なかったね。
『……元気なら、声…聞きたかったな。恋しいと思うのは、俺だけだった?』
胸が…ズキッと痛んだ。
私は、知らなかった。
知ろうとは…しなかった。
彼が抱えていた感情に、気づくことは…できなかった。
『今週の土日、休暇とったから…会いに行くよ。紗羽がこっちに来ることは…なさそうだし。』
「今週の…、土日?」
『ああ。…空けておいて。』
会う資格など…私に、あるのだろか?
私の気持ちは…今、どこに?
ちらりと…隣りに視線を移す。
間違いなく、聞こえているだろう…この会話 。
だけど、
顔色ひとつ変えないで…
涼しい顔して、佇んでいる。
さっきまでの、感情を剥き出しにした、余裕のなさは…何処にもない。
逃げも、隠れもせずに…
ちゃんと……居てくれるのだ。
「…………。透、あのね…」
『話が…あるんだ。』
話……?
『大事な…話。』
慎重に言葉を選んでいるように感じるのは…
気のせいだろうか?
「今、電話で聞くことは…できないこと?」
『うん。そうだな。顔見て話すのが…筋だと思ってる。』
「…………。」
『ダメとは…言わせないよ 。ちゃんと…、そろそろ向き合わないと。』


