「あ、ジルだ」

隣りに立った女子高生の言葉に反射的に顔をあげると、電車にぶら下った広告にジルのバンドメンバーが載っていた。週刊誌のグラビアを飾っている。

一緒に暮らし始めてすぐ、ジルのバンドは解散した。それから、ジルは別のバンドにボーカルとして引き抜かれ、活動を再開した。長く貧しい下積み生活が続いたが、一昨年、転機が訪れた。ジルのバンドの曲が関東地区限定の深夜バラエティーのエンディングに使われ、それをきっかけに大ブレイクしたのだ。

こてこてのビジュアル系バンドでは無く、薄化粧でコミカルな歌も歌い、歌番組以外にも精力的に出演したジルたちのバンドは、お茶の間の人気者だった。今ではテレビでその姿を見かけない日はないと言ってもいい。

ジルのバンドがブレイクし始めた時、無情にも私は夢を見てしまった。

下積み時代を支えた年上の恋人との結婚。

そんな記事がいつか週刊誌をにぎわせるのではないかと妄想しては胸を膨らませた。とんだ取り越し苦労で、酷く恥ずかしい話だけれど。