*華月譚*月ノ章 姫君と盗賊の恋物語

「………しかし、困ったことになった」






往来する人々の賑わいを眺めながら、灯がそう呟いたので、藤波が目を上げる。






「どうしたのさ、困ったことって」







灯が右手を額に当て、空を仰ぐ。







「………においが辿れなくなった」






「……………え」







藤波が目を丸くして灯を見上げた。







「……………うそ」







灯は溜め息を洩らしながら答える。







「………ほんとだよ。


これだけ人がたくさんいて、動物もいて、しかも魚やら漬物やら匂いの強いものがたらふく並んでるんだ。



………いくらなんでも、たった一人の人間のにおいなんか、嗅ぎ分けられない」