「甘い匂い?」

「そう。ケーキみたいな……女物の香水みたいな、甘い匂い。不快なの、近寄らないで」

「嗚呼、なーんだ」


 謎が解けて、僕は思わずそう言ってしまう。しかしそれが彼女の神経を逆撫でしたらしく、まるで猫がふしゃーっと威嚇する如く勢いで「なんだって何よ」と声を荒げた。くすりと笑んで、僕はシャツを脱いだ。それ一枚を上に着ていたものだから、上半身裸になってしまう。美由紀は僕の行動に驚いたように目を丸くした。さすがに幼馴染でそんな姿を見慣れているだけあって、照れる様子は微塵も見られないが。
 ぱさりとシャツをその辺に置くと、そのまま美由紀のことをぎゅっと抱き締める。ぴしっと彼女の身体は硬直した。暫くすると離せと睨み上げながらぐいぐいと胸板を押してきたが、女の子の力だから大して効果は無い。くすくすと思わず笑う。


「ほら、これで甘い匂いしないでしょ」

「……そのために脱いだの。変態かと思ったわ。いや、元から変態か」

「そんな変態が美由紀の彼氏なんですけどー?」


 笑いながら彼女の茶色く染められた髪を撫ぜる。ミルクティ色のその髪色はしかし、僕はあまり好いてはいなかった。美由紀には元の黒髪が一番似合うと思うからだ。まあ美由紀が気に入っているらしいから、何も言わないけれど。それを口に出すのはただのエゴでしか無い。美由紀を縛り付けたいわけでは無い。
 そっと彼女の右耳に口を寄せた。そのまま吐息を吐くようにして囁きかける。びくりと反応する美由紀が可愛くて仕方ない。


「――あのね、これ、電車で移ったんだよ」

「……は?」