一瞬だけ触れ合って、そして唇はわたしが離れたことによって離された。



「…拒否、しないんだ」少しでも動けばまた触れ合ってしまいそうな距離感のまま、那智を見上げてそう呟いた。

絶対に拒否される。
その『絶対』は当たらずに、那智から突き放されることはなかった。


むしろ、本当に一瞬だけだったけれども、…抱きすくめられた。幻かと思ってしまうほど一瞬だったけれど、華奢な腕に見えていたそれが案外と男の子の逞しいそれであったことを感じられた。



「…うん」



頷いて、那智は泣かないでよとわたしの頬にそっと指を触れさせる。
…気づかない内にわたしは泣いていたらしい。

どうしてだろう、と他人ごとのように冷静にそう思った。



「…ねえ美由紀」

「…うん?」

「…今のってさ」

「うん」

「…僕のことが好きだから故の行動だって、捉えて、いいの」

「…うん」



頷けば、那智は「そっか」と静かに相槌を打つ。否定するわけでも、はたまた受け入れるわけでもなく、ただそれだけ。
もしかしたらこのまま忘れるのかな、とも思ったけれど、それならそれでいいと、むしろ忘れてほしいと、馬鹿みたいにそう願う。

那智がわたしの気持ちを知って、そして離れていってしまうよりはそっちの方がましだと思えた。

彼の中で、幼馴染みでも姉貴分でも何でもいい。ただ辛いからと頼って貰える存在であり続けたい。
形なんて何でもいいんだよ、那智の『特別な存在』であれるのなら。


彼はそんなわたしの心情なんて知らずに、ふっと微笑む。
そして、またね、と。

本当にいつも通りの声の調子に戻って、家へと帰っていった。ほんの少しだけ拍子抜けして…そして、ほっと息を吐いた。
彼の中で、今のはなくなったことになったのだろうか。


その日は、さっさとお風呂に入ってから、ご飯も食べずにベッドに潜り込んだ。