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『あーあ、またやってるよ。
あの野生児』


 遠い日に、同期の天野田 久遠(くおん)が呆れ返っていたのを、酒童は回想していた。

 ことあるごとに、朱尾は誰彼構わず衝突していた。

 その日だって、捕まえた鼠を面白がって猫の前に投げる訓練生に怒り、その彼とと拳を交えていた。


『まったく、これだから田舎者は、粗暴で困るねえ』


 思い返せば、天野田も昔から変わっていない。

 凛とそびえ立つ山々とは無縁の大都会から引っ越してきた彼は、軽蔑的と言っていいほどの冷たい視線で、朱尾と訓練生の喧嘩を眺めていた。


『止めてこようか?』


 酒童は、一応とうてみた。

いまは昼休みで、騒いでいるのは1年生の生徒たちだけだ。

 だがこのままでは、いづれは教官がやってくる。

教官の中でも、とびきり怖い人が、だ。


『別にいいんじゃないの?
自業自得と言うやつさ』

『うーん……』


 冷たくあしらう天野田に対を成して、酒童は他人事であるというのに、我がことのように悩んだ。

見たところ、戦況は朱尾が優っているとおぼしい。

だが結局教官に見つかってしまえば、よりひどい怪我を負わせたほうが責められる……。


『―――やっぱ、止めてくるわ』


 酒童はいうやいなや、彼らの喧嘩を眺めていた地点、3階のベランダから跳んだ。

中庭で殴り合っている、彼らの頭上に向かって。