「そうなったら嫌だな」
「そん時は白髪染めしやー。
あ、なんか買ってくけ?」
「いや、まだいいわ。
帰りに腹減ったら、買ってく」
「おん。んじゃあね。
ひーちゃんによろしくねぇ」
ひーちゃんとは、陽頼の事である。
なにしろ酒童も陽頼も、ここの地域の育ちだ。
高校生時代、この商店街にもよく足を踏み入れたので、顔見知りも多い。
「ん、じゃあまたな、婆ちゃん」
「あいよぉ」
欠けた前歯を堂々とさらして笑うと、老婆は、香ばしい匂いのする店の奥へと戻っていった。
そしてまたしばらく、酒童はあちらこちらをぶらついていた。
靴下の安売りをみてきたり、八百屋の特売を覗き見たり、とにかく、そうやって暇を潰していた。
そして、商店街に入ってから30分が経過しようとした時だった。
「酒童先輩」
後方で、何者かが酒童の名を呼んだ。
太い声だったので、声の主は男なのだと思われる。
酒童は振り返る。
文房具屋と肉屋の間の、細い路地。
その陰から、1人の男が姿を見せた。
酒童は瞳孔を見開いた。
童顔に似合わない、逞しい肉体。
黒いタンクトップ。
ボサボサの黒髪。
大きな目に埋め込まれた、小さな瞳。
小柄なれど屈強な体格は、酒童には輝いて見えた。
彼のその姿には、酒童は見覚えがあった。
「あ……朱尾(あかお)か?」


