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 酒童の瞼の裏には、殴られて床にうずくまる鬼門の姿が蘇っていた。

 いくらしなやかで屈強な鬼門といえど、鬼の攻撃をまともに受ければひとたまりもないだろう。

 もう数分歩けば自宅アパートに到着するが、酒童はなんだか、アパートに変えるのが久しぶりに思えて仕方がなかった。


 数十分前。

 槿花山から戻ってきた鬼門は、拠点で酒童を車からおろし、自身も車に鍵をかけて降車した。

地区長はまだ槿花山に残っているそうだが、鬼門いわく、心配する必要はないそうだ。

そして酒童と鬼門は各々で解散し、家路へと急いだのだった。


 そして、今に至る。

 鍵を開けてそっと部屋に入ると、酒童が昼のうちに作っておいたカレーの匂いが鼻をくすぐる。

 どうやら陽頼も帰りが遅かったらしい。

足音を立てないよう、台所へと足を運ぶ。

出勤する前に脱いだタートルネックはソファの上に畳まれている。

 常夜灯の光だけが上から注ぐ部屋にいると、しんしんと、体の芯に寒さが染み入る。

寒くなったな、と酒童はしみじみ感じる。

 机の上に置かれた電子時計に目をやれば、時刻は午前2時を過ぎていた。


(寝よ)


 酒童はこじんまりとした可愛らしいサイズのソファに腰をかけ、羅刹の装束を静かに脱ぎ、タートルネックとジャージズボンを着る。

 ん、と大きく背を伸ばし、酒童は常夜灯を消して寝室兼畳の部屋に赴く。
 
 忍び足で寝室の戸口を開けると、いつものように毛布をぐしゃぐしゃに乱して眠っている陽頼の姿があった。


(なんて寒そうな……)


 酒童は母親に育てられた記憶など残っていないが、心なしか母親のような気分になった。

酒童はどちらかといえば寒がりではない。

しかし今日はそんな酒童でも寒いと思うほど気温が低い。

 酒童は猫が歩くような足取りで陽頼のそばに寄ると、すっかり敷布団から引き離されてしまった毛布を持ち上げ、そっと陽頼にかけてやる。

 首から下を毛布が覆うと、陽頼は寝息を立てて体を横にした。