(そんなこと言われたって)
酒童は呆気にとられる。
まさか妖たちが、地区長をこのようにして待っているとは思わなかった。
人間の生物学上、妖とは“無害な生き物”である。
それにいままで酒童にとっての“脅威”とは、人間の命を脅かす西洋妖怪ただひとつだった。
しかし酒童はいま、思い知った。
人間にとっての脅威は、西洋妖怪ばかりではないのだと。
「このうるさいのはさておき、空亡どのはどちらに?」
鬼門は大広間の中を見渡す。
空亡―――妖の頭領である。
しかしこの大広間の中に、その頭領の姿はない。
「しばし、待て」
白澤は鉛のように重々しい声で、すっと右腕を掲げる。
すると群れていた妖たちが、急にこぞって道を分ける。
その直後、大広間が濃霧に包まれた。
白煙のような濃霧が大広間を漂うと、ぼう、と、どこからともなく鬼火が現れる。
(なにかくる)
ひたひたと、木製の床を裸足で歩く音が、こちらに接近していた。
頬を生暖かい空気が舐めるのを、酒童は如実に感じる。
気味の悪い感触だ。
妖たちが開けた道の向こうには、百鬼夜行が描かれた屏風がある。
その屏風の絵から、
すう――――――と。
生気の失せた細い腕が、ぬるりと伸ばされた。
「待たせたな」
屏風から出てきたのは、人のようで人には見えない生き物だった。
顔のつくりや形は、明らかに10代後半の少女である。
しかし、こめかみから後頭部にかけて生えた2本の角や、ぞろぞろと絶えず蠢いている長い黒髪は、とても人とは思えない。
屏風から空亡が現れた。


