天野田が追い詰めんばかりに詰問する。

 天野田も鬼門や地区長ほどではないが、冷静で淡白な性格だ。

 そんな彼がいまだかつてないくらい、熱くなっている。

 そしてここ最近はずっと酒童を鼻であしらうような態度をとっていたのに、天野田は今になって、なぜか異様なまでに酒童を庇った。


「―――妖どもの都合、ゆえに」


 鬼門は湧き水が溢れ出るような緩やかな語調で答えた。

 この国において、妖の影の権力は絶大だ。

 それは天野田も当然ながら分かっている。

 その妖たちの都合だ、と言われてしまえば、人間である羅刹たちはしぶしぶ従うしかない。

 どう返したらいいのか、こればかりは天野田も考えつけなかったらしい。


「……酒童くんに」


 天野田は血を吐くように声を絞った。


「酒童くんに傷をつけさせたら、“僕”は一生許さない」


 天野田は歯をきしませる。

 天野田は、今こそ自分を“私”と言っているが、それまでの一人称は“僕”であった。

 許さない、と言った天野田こそ、いつもは平平然として酒童に暴言を吐いてくるのに、天野田はそれを棚にあげている。

 今日の天野田は、どこか変だ。

 酒童は疑問を抱かずにはいられない。



 まるで、天野田が昔の天野田に戻ったようであった。



「……安心なさい。
我々とて、酒童さんほどに腕の利く隊員を、みすみす殺させたりはしない」



 対抗するように言い放つや、鬼門は天野田にそっぽをむき、足早に酒童を連行した。

 酒童がちらりと後ろを見やれば、嫉妬に狂った女のような瞳で、天野田が鬼門を睨みつけていた。



 悪くいえば、今までになく怖い顔だ。