背後で響く絶叫。


 俺は振り返ることができなかった。


 絶叫の元である、彼女の子供を腕に抱えて、俺は戦慄に顔を彩らせながら走る。


 走る。

 走る。

 走る……。


 決死の覚悟で後ろを振り向くと、倒壊した家の向こうには、うっすらと体が透けた、大型の蜥蜴が佇んでいる。

 鋼鉄の鱗に覆われた蜥蜴の化け物に立ち向かおうともせず、俺は尻尾を巻いてそこから逃げ出した。

 羅刹ともなれば、どんな窮地に陥ろうとも、一般市民を西洋妖怪から守り抜かなくてはならない。


 それを、俺はしなかった。


 ―――息子だけでも助けて、と。

 そう懇願してきた母親の言葉に、情けないことに、俺は従ってしまったのだった。

 もともと俺は気が小さくて、真っ向勝負よりも奇襲に向いていた。

 だから、先ほどなような、複数の西洋妖怪に囲まれた状態で、一般市民を守りながら討伐を行うというのは、非常に困難なことだった。


 ごめん。

 ごめん、レイジ……。

 君のお母さんを、助けられなかった。


 俺は腕に抱いた赤ん坊に、何度も謝った。

俺はこの時、生まれて初めて“生き恥”を知ったのかもしれない。


 今まで、人との馴れ合いを重視し、戦うことより馴れ合うことを優先してきた。


 より、痛い目に遭わず困難を避ける方法。

 そればかりを見ていた。




 ……それが間違いだったのだ。



 西洋妖怪には、人が持ちうる“理性”というものがない。


 さこそ、今までは騙し討ちでどうにかなったものの、いざ正念場の戦いとなったら、西洋妖怪には勝てない。


 俺は、ぬるい世界でぬるま湯に浸かっていた己を恥じて、走った。


 そして仲間がいる地区へと向かったのだった。