「俺はな、酒童先輩が卒業してからは、何があっても喧嘩はしねえと決めていた。
けどほら、俺って自他ともに認めるくらいの短気で、向こう見ずだろ?
あの時、お前の必死そうな形相見た時にさ、つい、甘えちまったんだと思う」


 朱尾の儚げな眼の色に、青木は動揺する。


「じゃあ……なんで私が助けを求めた、ってことを言わなかったの?」


 それを言いさえすれば、もう少しくらい咎めは軽くなったはずだ。

 すると朱尾は、青木と眼を合わせて「あのさあ」と呆れたように言った。


「そんなこと言ってみろ。
お前も一緒に、あのヤンキーたちのとこへ頭下げに行かされるかもしれねえだろ」

「それに、なんのデメリットがあるの?」

「お前ってさ、ちょっとやそっと悪いことが起きても、なかなか教官にちくれない奴だろ。
さこそ、自分のことになるとな。
……しかもほら、あいつらさ、俺が沙汰を起こした後も何かと俺に仕返しする機会を狙ってただろ?」


 そんなことは、青木は朱尾とは騒動の後はまったく関与していないので、無論知るはずもない。

 小首を傾げていると、朱尾は想像もしていなかったことを口にした。


「あの騒動の一連にお前が関与してるなんてばれたら?
あいつら絶対に俺には勝てないんだから、その不満の矛先は真っ先にお前に向くんじゃねえの?」

「羅刹は一般人に手出しはできないよ」

「確かにな。
けど、教官がそれに勘ずくのは、顔に傷があった場合だ。
……顔に傷がなけりゃ、身体のどこに傷があってもバレやしねえんだから」


 言われて、青木は背筋が粟立った。

 確かに、そうだ。

 特に呪法学の生徒なら、直衣を着れば腕や首はほとんど覆ってしまう。

 加えて自分の性格からしても、たとえ酷い目に遭わされても教官には言い出せないだろう。

 しかし慄然とする傍ら、ふと朱尾が保健室を訪れなくなった頃を想起した。


「じゃあ、あれからずっと保健室に来なかったのは……」