朱尾には朱尾なりに友達もいるし、極端な嫌われ者というわけでもない。

 あの中津村の出身であり、他者とは異質の文化で育ちながらも周囲とはうまくやっていた。

 それなのに、彼はちょくちょくここを訪れていたのだった。

 単純に「今日は眠いから」という理由で、朱尾は昼休みにやってきては、保健室の端で寝転がっていた。

 それからだろうか。

 青木はなるべく朱尾を避けるようにしてきたが、いつからか彼からさりげなく話しかけてくれた。


『お前、いつもここにいんの?』


 青木にとって当初の朱尾の印象は「喧嘩好きな不良の端くれ」であり、なるたけ関わりたくない人物であったが、そうではないと知るのに、時間はかからなかった。

 
 保健室の見張り番としての役目くらいしかない青木に、朱尾は自分を肯定するように勧めてくれた。

 青木の陰気臭いところを目にかけつつも、そこから自分の誇れる部分を探してくれた。

 そんな朱尾の面影が、今も鮮明に頭に残っている。


 なんの意味もなく保健室の番をしていることへの自己嫌悪も、いつからか、保健室にいることが喜びになっていた。

 保健室にこれば、朱尾に会えたのだから。



 はた、はたはた、はたはたはたはたはたはたはた……と。



 奥深い紫紺の直衣に、無数の色なき染みが浮かぶ。


 会えない。
 
 もう会えないのだ。


 そうわかった時、青木の中で奇妙なものが山水のように湧き出た。


 きゅう、と内臓を締め付けられる。

 喉が痛くなる。

 いちど視界がぼんやりとしたかと思えば、また無色透明の雫が滴り落ちる。






 恋い焦がれ。







 ゆえに自分は涙を流したのだと、青木は卒業して、完全に朱尾と会うことがなくなった瞬間に自覚したのだった。