羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》





 刹那。


 ひとふきの、夜気を含んだ旋風が、戸口から零れてきたのか茨の横を通り過ぎた。

 前髪を風に撫であげられ、茨は正体不明の甘やかな眼光を瞳に宿す。


(酒童さん……)


 天野田の言う通り、もし本能のみで暴れたのなら、茨たちも巻き添えを食らっていたかもしれない。

しかし、茨たちだけは攻撃されなかった。

 彼がもし部下たちを護ろうとして人狼の首を狩ったのであれば、辻褄が合う。

 茨の中で、なにか歯がゆいものが膨らんでゆく。

 憧憬だ。

 今まで彼の人柄は認めていたのものの、所詮は単純に彼の技術と技量の高さに憧れ、その背中を追いかけていたにすぎない。

 だがいま、彼に対してまた別の憧れがが生まれた。


(俺が、班を束ねられるようになったら……)


 あの人のようになりたい。

 いや、一班の班長になれくとも、命を賭して仲間を護り抜ける者になりたい。

 どこも見ていない茨の瞳は、羨望で輝いていた。


「天野田さん」


 茨の声は、つい先ほどと比べると明らかに高まっていた。


「酒童さん、明日には帰ってきてくれますかね」

「謹慎は今日までらしいし、そうなんじゃないかな」

「そうですか……そっか……!」


 肩幅を狭め、茨は喜々として表情を緩めたのだった。


 化けもんだから、なんだ。

 酒童さんが良い人なのに変わりはないじゃないか。

 馬鹿だなあ、俺は。

 そんなこともわからないで、ひとり振り回されるなんて。


 そんなことを考えながら軽食に手をつけはじめた茨を、天野田は密かに神妙な目つきで見守っていた。