肉のこびりついた髑髏。
 二足歩行の蛙と兎。
 赤い肌の子鬼。
 狗に九十九髪に化狐と、妖を代表する化け物どもが、濃霧からぞろぞろと現れた。


「妖の軍がお出ましだ」


 九鬼はふざけたように笑う。

 そんな九鬼の喉元へ、妖の先頭を歩いていた白澤がすかさず刀を抜き放ち、その刃を当てた。
 

「黙れ、この阿婆擦れ鬼めが」


 白澤は相当、九鬼に腹を立てているらしい。

 その美しい銀髪が、怒りで紅く染まっている。


「ぬしが人の女に孕ませた鬼子が、ついにその血に目醒めおったのだ」

「ああ……嶺のことか」


 九鬼は遠い目で、丑寅の方角を見やる。

 そして、ふ、と口の端を歪める。


「あれは見目の良い男だぞ。
母親の女に似たおかげかもしれぬな」

「顔の話をしておるのではない。
血の話をしておるのだ」


 普段は冷静であろう白澤だが、この度ばかりは例外だ。

 そんな妖の賢者・白澤を前にしても、九鬼は不気味に笑んでいるだけであった。


「ずいぶんとご立腹だな。
よいではないか。
鬼と人の間にできた子は、鬼どもよりもずっと強い」

「強いからこそ、我ら元来の妖としては生かしておけぬのだ」

「なぜ、だ?」


 九鬼の問いに、白澤は高らかに鼻を鳴らす。


「いま我ら妖は、人と手を組みて西洋妖怪どもを殺しておるが、奴らがいなくなった時、我らを脅かすのは誰だと思う?」

「俺のせがれ、か」

「あれは遺伝子汚染の種ぞ。
人間どもがどうしても寄越せと言うから、生かしておいてやっておるものをな。
だが奴めがその血に目醒めては、今や西洋妖怪をも超える脅威となるだろうよ」

「ははっ。
よその子供を、またひどく罵ったな」

「……子と母を捨て、己で生み出した種をほったらかしおったのは、他でもないそなたであろうが」

「ほう、嶺子が鬼となったのは俺のせいであると?
人の女に孕ませなければ、こんなことにはならなかったと?
あれは先ほど、“源氏の娘”の前で“人として生きる”と宣言しておったぞ」


 勝ち誇る九鬼を、白澤は嫌悪感のこもった眼で睥睨する。


「だから奴は鬼にならない、とでもいうつもりか」

「まあ、そんなところだな。
俺は不本意だが」

「意志の力だけでは、血には敵わぬぞ」


 言い捨てると、白澤は霧を手に持った杖で斬り、

「人間どもに話をつけてくる」

 と、そそくさと闇へと消え去った。


「……ふん」


 九鬼は腕を組んで、白い眼で白澤の足跡を見下ろしている。


「九鬼よ」


 空亡にいまいちど呼ばれ、九鬼は翡翠の珠を空亡のほうを振り返る。


「ことによっては、そなたのせがれを殺すことになるだろうが……」

「したければ、すればいいさ」

「……そうか」


 空亡はどこか落胆したような面差しになる。


 女童のようなその顔が険しくなると、ざわわ、と紅葉も騒ぎ立てた。