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 う、と。


 酒童は呻いた。


畳の敷き詰められた床は、固く冷たい。

両足両手を荒縄で縛られ、猿轡をかけられた酒童は、そんな懲罰房のような場所に頃がされていたのだった。

目を覚ました酒童は、目線だけで辺りを見渡した。


(ここは)


酒童はふと、失ったはずの手と足に感覚があることに気づく。


(どうなってんだ)


 酒童は混乱した。

つい先ほどまで、自分はアスファルトの上で、手足をもぎ取られて倒れていた。

そして、妙な声に苛まれていた。

 殺せ。

 そう言われたときからの記憶が、消えゆく霞のように薄い。

いま己が置かれている状況が、全くと言っていいほどに飲み込めない。


―――朱尾は?榊は?桃山は?……みんなは?


 酒童は人狼を思い浮かべる。

 皆は。

 いったいどうなったのだろうか。

 固唾を喉に流す酒童だった。

 しかもいま、酒童の前には頑丈そうな鉄の檻が張ってある。

ここでようやく、自分は牢屋にぶち込まれたのだということだけを理解した。


 しかし、なぜ?

 
 そう首を捻る、拘束された酒童の前に、彼の見知った顔が姿を表した。

 あっ、と、酒童は口が使えない代わりに、心のうちで声をあげる。


(地区長に、鬼門班長)


 羅刹の装束を身に纏った地区長と鬼門が、檻を挟んだ廊下に佇んでいた。

鬼門はいつになく、冷徹な表情である。


「気分はどうだね、酒童くん」

「んん(はい)……」


 地区長がおもむろに問いかける。

 酒童は言葉を伝えることができなかったので、とにかくうなづいた。


「そうか、よかった」


 それだけ言い捨てると、地区長はひとつの丸い鏡を取り出し、それを酒童の鼻先に突き出した。

 一瞬だけ、鬼門が表情を曇らせたが、それは酒童の視界には入らなかった。


「ふっ……⁉」


 はっ……⁉


 酒童はそう言ったつもりだった。


 異様なものが、その鏡に写り込んでいた。