酒童が身構えたのと、魚が飛びかかってきたのは、ほぼ同時だった。

 魚が、みょん、と蛙のように足をバネにし、前歯を剥き出す。

 速い。

 しかも酒童は丸腰だ。

致命傷を負わせなくては絶命しない西洋妖怪を相手に、素手で太刀打ちできるはずもなかった。

 それでも、酒童は渾身の力で下から拳を突き上げた。

ぼっ、と風を切った拳が、魚の脇腹にのめり込んだ。

 酒童の鼻を噛みちぎらんばかりだった魚は、「げえっ」と人に近いうめき声を絞り出す。

酒童はそのまま勢いよく腕を伸ばし、大通りに魚を殴り飛ばした。

 剣術しか使わないとはいえ、戦闘を仕事とする羅刹として、多少の体術は会得している。

 数メートルほど先に飛ばされた魚が倒れこんだのを確認し、酒童は素早く、マグロを解体するための台に目を付けた。

その真横には、刃渡が小太刀ほどの長さもある包丁が転がっていた。

斬れ味は村雨丸のほうが断然良いだろうが、ないよりマシというものだ。


 酒童は解体用の包丁を手に、再び魚へと向き直った。


(……来るなら、明日に来いってんだ)


 さすがの酒童も、今日の、この瞬間はは不機嫌だった。