気がつくと、酒童は瓦礫の上に寝転がっていた。

 空には、月でも太陽でもなさそうな、灰色の光る球体が、地面を照らしている。

 酒童は首だけを動かして、辺りを見渡してみた。


(ここは……)


 どこだ。

 酒童には、いま自分がどこにいるのか、全く把握できなかった。

 左をみれば、すぐ前に畑や水田があり、右をみれば、槿花山が遠まきにに映った。

 酒童は、自分のしたにある瓦礫に触れてみる。

古いつくりの家なのか、茶色の木片はひどくざらついていた。


 その時、


「ー……じ!」


 と、悲痛な女の声がした。


 思わず酒童は、声のした方向に首を捻る。

みれば、自分を押しつぶしていた瓦礫を跳ね除け、こちらに走ってくる、三十路ばかりの女がいる。

 ふと、後ろから、まだ小さい子供の喃語がした。


「うー」


 酒童は、いま顔を向けている方向とは逆と方に目をやる。


数歩ほど先に、まだ1歳か2歳ばかりの子供が、木の板の下敷きになっていた。

そして、そのすぐそばに、無数の牙を生やした、爬虫類が二足歩行をしたような化け物が迫ってきていた。


(まずい!)


西洋妖怪だ。

酒童は咄嗟に体を起こそうとする。

しかし、体はいうことを聞かない。

のろのろと動くばかりで、一向に立ち上がれなかった。


「やめて‼」


女が酒童の体を飛び越え、子供の元へと駆け寄る。

きっと母親だろう。

しかし、常人の力では西洋妖怪に勝てはしない。

羅刹でなければ困難だ。

酒童が焦る反面、体はどんどん重くなっていく。


母親は子供の前に立ちはだかった。

子供よりも大きな獲物を見つけた化け物は、心なしか歩調を早めて、その爪を振りかざした。

その時、女の悲鳴があがった。

鋭利な爪によって、右腕をもがれたのである。

酒童は悲惨さのあまりに目を瞑りたくなった。


すると、


「待て‼」


と、まだ変声期を迎えて間もない、男の声が響き渡った。

化け物の後ろから、車をも追い越す早さで、刀を携えた人が走ってくる。

羅刹の隊員だろう。

しかし、その希望を拭い去るように、女の悲鳴を聞きつけたのか、化け物どもが次々とそこに群がってきた。

走ってきた、女のような顔をした男隊員が、背後から化け物を斬りつけた。