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 拠点から1キロばかり離れた場所に、そこそこ新しい、灰色のアパートがある。

そこの左端の隣にある部屋に、酒童は住んでいる。

いや、酒童ひとりが住んでいるようにいうのは、語弊かもしれない。


 酒童は2人暮らしである。


 相手は、高校3年生のころから付き合っている恋人だ。


 酒童は鍵穴に鍵を通して、そっとドアノブを握る。

寝ているであろう彼女を起こさないよう、ドアを押した。


「ただいま……」


 かすれた声で言い、酒童は戦闘服を着たままで部屋に向かった。

明け方も近い時間であるし、酒童の眠気も最高潮に達していた。

しかし、和装の戦闘服を濡らす西洋妖怪の血液が、ひどく臭う。


(くっせえ)


血というよりは、腐敗した魚のような、嫌な悪臭だ。

酒童はそそくさと浴室に赴き、洗濯機に戦闘服を投げ入れた。

そのついでに軽くシャワーを浴びて、髪に付着して凝固した血を落とす。

意図的にシャワーの出をゆるめて、柔らかな湯水に当たる。

左腕がいたんだが、対して気にはならない。

ひととおり髪と身体を洗い流すと、黒いタオルで水を拭き取り、軽いTシャツとジャージに着替えた。


ふあ、と、間抜けなほどに大きなあくびがでる。


夜に働く羅刹にとって、陽が出ているうちは暇な時間だ。

だからその暇な時間に、酒童たちはゆっくりと休息をとる。




小さな畳の部屋に踏み入ると、敷かれた2つの布団がある。

そのうちの1つは、ちんまりと盛り上がっていた。


(最近は、ちゃんと寝るんだな)


酒童は、静かに眠っている恋人を見るや、心底からほっとした。

なにしろ同棲を始めた当初は、酒童の帰りを待つあまり夜更かしをしてしまうことも頻繁にあった。

帰りは心配しなくてもいいから、と何度も言って、ようやく最近、酒童が帰るまでには就寝してくれるようになった。


酒童は空いている布団に座り込み、隣で寝息を立てている女性の髪に触れた。


「……ただいま、陽頼(ひより)」


酒童はいまいちど、恋人の名を呼んだ。