陽頼は大あくびをかきながら、ちらりと、ガラス越しの闇夜に一瞥をくれた。


「……」


 陽頼は複雑な貌つきになった。


「気になる?」

「えっ?」


 陽頼が声を高くする。

 話しかけてきた同僚のOLは、パソコンのキーボードを叩きつつ、画面を見つつ、陽頼にこう続けた。


「西洋妖怪。気になる?」

「ううん、結界があるし、大丈夫だよ?」

「ならいいけど。
なんか妙に真剣な顔してて、陽頼にしては珍しいなと思ったから」


 どうやら彼女は、西洋妖怪が怖くて外を見ていたのだと思ったらしい。

 陽頼は幾度か首を横に振ると、そっと睫毛を伏せた。


「だいじょうぶ」


 そう言い募ると、陽頼はいまいちどパソコンに向き直った。

―――外から聞こえてくる怪物の咆哮が、結界という強固な壁に守られた脆いガラスを揺らしても、それから陽頼は一切、外をみようとはしなかった。


 すると、


「お疲れ様です」


 見回りらしき、薄い茶髪に青目の外国人警備員が、静まり返った職場に笑顔で敬礼した。

 ここは小規模ビルの2階で、西洋妖怪が現れれば、その顔が見えるであろう場所である。

それでも警備員の仕草は、そんな緊迫した職場の雰囲気を和らげた。

彼は1、2年前からここに務めている、甘いマスクの若い警備員である。


「なにか飲み物買ってきましょうか?」

「あんた、仕事はいいの?」


 陽頼の隣にいたOLが冗談交じりにたしなめるが、はっは、と警備員は額に手を当てた。


「なにしろ、見回りするだけですから。
どうせ西洋妖怪の足音以外に異常はないんですから、僕も暇してるんです」


 警備員の彼は、そうしてにこやかに微笑んだ。


「そう?でもちゃんと仕事しないと、上司のおじさんに怒られちゃうわよ?」

「はは。
じゃあ、もう少し暇してきます」


 帽子を深くかぶって、警備員は、暇つぶしを堪能して職場を後にした。


「いい人だよねぇ、あの警備員。
外側も内側も」

「お使いを買って出てくれるから?」

「お使いって……陽頼」


 呆れる彼女だが、陽頼は悠々とキーボードを打っている。


「陽頼は、あんな人が彼氏だったらいいなぁ、とか、思わないの?」

「ぜんぜん?」


 陽頼は清々しいまでに即答した。

 彼氏と言われると、陽頼には、もう思い浮かぶ顔はひとつしかない。


「私、好きな人いるもん」

「え、どんな人?」


 彼女ら成人女性でも、まだまだ色恋ばなしにははしゃぎたい年だ。

 横にいる彼女は夢中で陽頼に問いかけた。

 しかし陽頼は、



「6年前まで、刈り上げヘアだった人」



 と、答えにならない珍回答を出してきた。